1970年代以降、「男性は職場で働き、女性は家庭を守る」という性別役割分業意識は一貫して減少を続けました。男女雇用機会均等法も制定され、国や自治体も男女共同参画社会実現のために様々な施策を展開しています。しかし、実態としての就業構造はまだまだ男女間に大きな格差が存在しています。そのような中、研究者による社会調査を通じて、ある一つの傾向が浮かび上がってきました。それは、学歴の高い女性で専業主婦になる人が多いという傾向です。なぜこのようなことが起きているのでしょうか。
性別役割分業意識の変化
「夫は仕事、妻は家庭」 左から順に、賛成、どちらかといえば賛成、どちらかといえば反対、反対の%。これ以外に「わからない」もある。出所は尾嶋史章,2000 |
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女性
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1972
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48.8
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34.4
|
7.6
|
2.6
|
1979
|
29.1
|
41.0
|
18.3
|
4.5
|
|
1992
|
19.8
|
35.8
|
26.4
|
11.9
|
|
1997
|
17.9
|
34.0
|
26.9
|
16.7
|
|
男性
|
1972
|
52.3
|
31.5
|
6.3
|
2.4
|
1979
|
35.1
|
40.5
|
13.4
|
4.0
|
|
1992
|
26.9
|
38.8
|
20.9
|
7.7
|
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1997
|
23.9
|
41.0
|
20.5
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10.3
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右の表は、総理府(現・内閣府)が過去に行った四つの世論調査、「婦人に関する世論調査」(1972年、1979年)、「男女平等に関する世論調査」(1992年)、「男女共同参画社会に関する世論調査」(1997年)の結果をまとめたものです。「夫は仕事、妻は家庭」という性別役割分業意識についての賛否を尋ねています。
1972 年には実に8割もの男女が「夫は仕事、妻は家庭」に「賛成」「どちらかといえば賛成」と答えていますが、時代を経るにしたがって、男女とも「賛成」が顕著 に低下し、「反対」が増加していることが分かります。特に女性の「賛成」の減少が著しく25年間で30%以上も減少しており、「どちらかといえば賛成」と合わせても41.9%まで減少しています。男性も「賛成」は女性と同じくらい大幅に減少しましたが、「どちらかといえば賛成」も合わせると64.9%で、意識変化のスピードに男女間の大きな開きがあることが分かります。
それでは、女性の性別役割分業に否定的な意識はどのような要因によって形成されたのでしょうか。従来の議論で考えられてきたのは、女性の高学歴化です。女性が高等教育に触れる機会が増加したことにより、女性の社会進出が進み、性別役割分業に否定的な女性が増えたのではないかと言われてきました。実際に全体的に見た場合、大卒の女性は、高卒や中卒の女性と比較して性別役割分業に否定的な立場を取る傾向にあることが、統計資料などによってある程度証明されています(下の表を参照)。
しかし、高等教育に要因を求める見解に対し、その信憑性に疑問を投げかけるデータも出てきています。1980年と81年に高校三年生の女子を対象として行わ れた調査によると、進路志望の決定で「将来の職業とのつながり」を重視した生徒は進学希望者が多く、「結婚」をあまり重視しない生徒は重視する生徒と比べて4年制大学への進学希望率が高かったというデータが得られています。94年に高校2年生の女子を対象に行われた調査でも、性別役割分業に否定的な生徒や結婚後も仕事を続けようと思っている生徒の方が、そうでない生徒に比べて大学進学希望率が高いことが確認されています。これらのデータを考えると、高等教育が性別役割意識に強い影響を与えるのではなく、元々性別役割分業に否定的な女性が高等教育を受けようとする傾向にあるのではないか、と考えることもできます。この辺はまだ諸説入り乱れているようですが、近年の研究では両親の学歴、職業、就業形態など家庭環境の面から、性別役割意識に影響を及ぼしている要因がないかの分析が進められているようです
高学歴女性の専業主婦化
近年、女性の高学歴化はますます進展しています。上の段の最後に触れた「高学歴が女性の社会進出をもたらしているのか」「社会進出を求める女性が高学歴を受けたがるのか」という議論はひとまず置いておくとして、性別役割分業に否定的な傾向が強い高学歴の女性は、結婚・出産後も専業主婦とならずに仕事を続ける人が多いように見えます。しかし、実はそうなっていません。日本の社会学者達が行っているSSM調査(社会階層と社会移動の調査)によると、大卒の女性も専業主婦の割合が大きく、むしろ高学歴ほど主婦化率が上昇するデータもあるという結果が得られています。
有配偶女性の学歴と就業形態 経営・・・経営者・常時雇用 臨時・・・臨時雇用・パート・アルバイト 自営・・・自営業主・家族従業者 専業・・・専業主婦 単位は% 出所:木村邦博,2000 |
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経営
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臨時
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自営
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専業
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30〜39歳
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大学
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32
|
11
|
12
|
45
|
短大
|
18
|
17
|
9
|
56
|
|
高校
|
20
|
21
|
10
|
49
|
|
中学
|
30
|
40
|
20
|
10
|
|
40〜49歳
|
大学
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24
|
20
|
17
|
39
|
短大
|
33
|
23
|
11
|
34
|
|
高校
|
24
|
33
|
18
|
26
|
|
中学
|
25
|
33
|
17
|
26
|
|
50〜59歳
|
大学
|
10
|
20
|
20
|
50
|
短大
|
18
|
25
|
36
|
21
|
|
高校
|
21
|
24
|
22
|
34
|
|
中学
|
16
|
26
|
22
|
36
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右の表は、1995年のSSM調査において既婚女性の学歴と就業形態をまとめたものです。大卒の女性も高い割合で専業主婦となっており、特に40〜49歳の年齢層では学歴が上昇するにしたがって顕著に専業主婦率も上昇していることが分かります。このような「学歴の高い女性ほど専業主婦になる割合も高い」という傾向は、欧米などの他の先進工業国における傾向と異なっており、日本独自のものであると考えられます(ただし韓国にも類似の傾向があるようです)。なぜ、このようなことになったのでしょうか。この点については様々な解釈があります。
学習院大学の脇坂明は、結婚を媒介した高等教育の経済効果に注目しています。大卒女性は、同じく大卒で高収入の男性と結婚するチャンスが大きいので(同類婚のページを参照)、家計補助のために就労する必要性は低下します。そして上級学校に進学する女性はある程度そのような経済効果に期待していると指摘しています。
一 方、M.ブリントンは、日本の親が大学教育に期待することが性別によって異なってくること、そして子供達が社会化の過程でその期待を受け入れていくことに 注目しています。男性の場合には就職に必要な準備を期待されるのに対し、女性の場合は子育てに必要な一般教養の獲得を期待されます。そのような中で性別ステレオタイプの認識が形成され、専業主婦への道を歩む大卒女性の要因となっているのではないかと指摘しています。
東北大学の木村邦博は、脇坂やブリントンの議論では「高学歴であるほど性別役割分業に否定的な女性が増える」という問題を説明できないとして、L.フェスティンガーの「認知的不協和」という社会心理学の概念を用いて説明を試みようとしています。
認知的不協和… 相容れない2つの認知を抱いた時に生じる心理的葛藤状態のこと。この状態の中で人は、葛藤や緊張を避けるために「協和」(心理的均衡)をつくる努力をする 傾向があるとされる。例えば、芸能界入りを目指していた女性が、オーディションを受けて失敗して、結果として会社員になってしまったとする。この女性の中には(1)何が何でも芸能人になりたい、(2)でも現実の自分は芸能人になれなかった、という2つの認知の葛藤状態にある。やがて女性は、葛藤を解消する ために「自分には芸能人は向いていない」「芸能人なんて大したことはない」「会社の方が楽しいし仕事も充実している」などのような考えを抱くようになるとされている。
このように認知的不協和理論においては、(1)自分の意思に反した行動を行うと、結局その行動に合致した方向に意思が変化してしまう、(2)複数の選択肢 の中から1つを選択すると、選ばれた選択肢の魅力は高くなり、選ばれなかった選択肢の魅力は低下する、(3)自分がもともと興味を持っていることを実行するのを制止されると、制止する圧力が弱いほどその行動に対する興味が減じるようになる、(4)ある目標を達成するために大きな努力を払った方が、払わなかった場合よりも、その目標を高く評価するようになる、などの予測が提起されている。この認知不協和理論は、実験によってある程度確からしさも実証されて きている。ただし、不協和要素の正確な摘出の困難性(観察者や被験者による偏りの入りやすさ)、個人の性格や社会による差異など、様々な問題も存在する。
この認知的不協和を低減するための圧力として、自分の就業に対する意識などを変化させたり転化させたりして合理的に説明が付くようにする作用が働くと考えられています。
このページの冒頭で見たように、まだまだ男性と女性の間には性別役割分業についての意識の開きがあり、また出産や育児をきっかけとしたM字型就業パターンも根強く残っています。残念ながら女性に対しても平等に開かれているのは、学歴やキャリアなどが問われることの少ないパートタイム労働が主流です。つまり特に高学歴の女性の意識は現実の女性を取り巻く社会の実態と一般的に乖離している部分が大きく、心理的な葛藤を生じやすい状況にあると考えられます。これらの社会状況の中で(元々は性別役割分業に否定的であったにもかかわらず)専業主婦にならざるをえなかった女性は、自己の内部で葛藤を解消へと昇華させていくために、強い自己合理化作用が働くのではないかと考えたわけです。
右 の表は95年のSSMデータにおける性別役割意識についての調査結果を、学歴別・就業形態別に分類したものです。(一部の例外を除き)一般に高学歴の女性の方が性別役割分業に肯定的ではないことが分かります。ただし、高学歴の女性の中でも、就業形態に応じて格差が存在します。専業主婦に近い形態ほど、性別役割分業を肯定的に捉える人々が多くなっています。
認知的不協和が実際に働いているかどうかは今後の研究成果を待たなければなりませんが、女性の「性別役割分業」の意識が学歴・就業パターンなどの社会的属性と密接な関係にあることは確かであると考えられます。この社会的属性による影響をどのように解釈し、どのような施策を打っていくかが、男女共同参画社会を実現させていくために不可欠なのではないかと思われます。