現代社会において、職業はその人の地位を決定する重要な指標の1つとなっています。 それだけに、人は職業に対して様々な「こだわり」を見せます。そのこだわりの1つに職業の「格付け」があります。例えば、ある特定の職業を「立派な職業」 と称賛したり驚嘆したり、あるいは「将来子供に就いてほしい」「大学へ行けばこういうちゃんとした職業に就けるようになる」と思ったり。そういう職業に対 する主観的な格付けは、職業威信と呼ばれます。職業威信は、地位達成を巡る構造を分析していく上で、重要な手がかりとなっています。
職業威信とは何か
本来は個々の職業に上下の関係はありません。しかし、私達の日常生活の中では、意識的あるいは無意識的に、特定の職業を「立派な職業」と思ったり思わなかったりするという、イメージの格付けが存在しています。例えば誰かが自己紹介をした時に「スーパーの店員です」と言ったのと「医者です」と言ったのとでは、どちらの方が周囲の人々に「スゴイ」 とか「立派な職業に就いている」という印象を与えるでしょうか。あるいは、親が子供に将来就いてほしい職業として尋ねた時、「スーパーの店員」と「医者」 とではどちらに回答が集中するでしょうか。多くの人が「医者」の方だと考えるでしょう。スーパーの店員も、医者も、共にそれぞれ社会に不可欠な職業である にも関わらずです。
このように私達は主観的に何らかの物差しを使って職業に上下関係をつける(評価する)という傾向があると考えられます。職業に対する人々のこのような主観的な格付けを、社会学では職業威信と呼んでいます。職業威信は、現代社会における地位のあり方を分析する際の重要な手がかりになると考えられます。現代社会における職業は、物的資源(所得、財産)、関係的資源(勢力、威信)、文化的資源(知 識、教養)などの社会的諸資源と密接に関係しており、職業を基に資源配分がなされるため、「良い」職業を得ようと人々が行動します。そして、その集積が逆に職業構造を形成させていくわけです。
社会学者が1955年から全国各地で十年ごとに行っているSSM調査(社会階層と社会移動調査)では、この職業威信についての調査も行われています。95年のSSM調査では、次のような質問が用意されました。
ここにいろいろの職業名をかいた用紙があります。世間では一般に、これらの職業を高いとか低いとかいうふうに区別することもあるようですが、いまかりにこれらの職業を高いものから低いものへの順に五段階に分けるとしたら、これらの職業はどのように分類されるでしょうか。それぞれの職業について、「最も高い」 「やや高い」「ふつう」「やや低い」「最も低い」のどれかひとつを選んで下さい。
このような質問文は、言葉の微妙 な言い回しの違いはあれ、多くの国々の社会階層調査で標準的に用いられています。そして、それぞれの回答のうち、「最も高い」に100、「やや高い」に 75、「ふつう」に50、「やや低い」に25、「最も低い」に0の数値を割り振って数量化し、各職業ごとに数値の平均を求めたデータを職業威信スコアと呼びます。1955年のSSM調査では32の職業、75年のSSM調査では82の職業、95年のSSM調査では56の職業についての職業威信スコアのデータが収集されています。以下では、このデータを元に考察を進めていきます。
1995年のSSM調査における職業威信スコア
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職業威信の安定性
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上記の95年の職業威信スコアの結果を見ても分かるように、人々の職業に対する格付けは職種によって大きく差が開いているようです。さらに、職業威信スコアの大きな特徴として、測定された時点や地域が異なっても、スコア同士の相関関数はきわめて高く、その値は通常の社会学的なデータ分析をはるかに超えており、しかもその傾向は安定している、ということが明らかになっています。
右の表は、55年から95年にかけてのSSM調査における職業威信スコアの推移をまとめたものです。職業や調査年によって若干の変化はありながらも、高い職業威信スコアを持っている職業は一貫してその傾向を維持し、低い職業威信スコアの職業もその傾向を維持していることが分かります。特定の職業のスコアが飛び抜けて上昇したり下降したりしている状況はなかなか確認できません。社会学者の元治と都築の調査によると、75年の職業威信スコアと95年の職業威信スコアとの相関関数の値は0.976、55年の職業威信スコアと95年の職業威信スコアとの相関関数の値は0.912となっており、かなりの年月が過ぎても スコアの変化はきわめて小さかったことが分かります。
なぜ、職業威信スコアは年月が経っても変化が小さいのでしょうか。そもそもこの「職業威信スコア」とは私達の社会意識の何をどれくらい表していると言えるのでしょうか。この点を巡って、三つの仮説が提起されています。
一 つ目の仮説として、社会構造には職業を序列づける一つの一元的尺度が埋め込まれていて、職業威信スコアはその尺度値を正確に反映したものであるという考え方があります。個人差はありながらも、人々は社会構造に埋め込まれた一つの職業序列尺度を共通に見ていて、そこに刻まれた職業位置を観測し、評定回答に反映させていると考えられます。
二つ目の仮説は、職業を位置づける尺度は一つだけではなく複数あり、職業威信スコアはその複数の職業序列を何らかの仕方で総合したものとする考え方です。このとき、(1)ある1人の人は一つの職業序列尺度だけをみて回答するが、人によって見る尺度が違うという場合と、(2)1人の人は複数の(原理的にはすべての)尺度を見ていて、そういう得られた複数の尺度値をその人の中で総合して回答を構成する、という二つの場合を区別して考える必要があります。
三つ目の仮説は、そもそも職業群全体が一つの序列をなしているとは考えない場合です。例えば、企業の「部長」「課長」「係長」はこの順に序列をなしていますが、「部長」と「音楽家」は比較できない、という場合がこれにあたります。先に挙げた 第一、第二の仮説は、全ての職業の対が比較できることを前提としており、職業の序列が弱順序をなしていると仮定する点で共通しています。これに対して、第三の仮説で考えているように部分的にしか序列できない構造を、「職業の序列は半順序をなしている」と表現しています。